小説「廃用身」(久坂部羊)|高齢化問題の究極の解決策とは?

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内閣府の「高齢社会白書(令和4年版)」によると、わが国では、総人口が減っていく一方で、65歳以上人口が増加していくことにより高齢化率は上昇を続け、2036年には33.3%、2065年には38.4%に達し、国民の約2.6人に1人が65歳以上の者となると推測されています。

それに伴い、高齢者介護の問題も深刻化していくのですが、その問題の解決策が、「高齢者の手足の切断」だとしたらどうなるのでしょうか!?

そんな極端すぎる解決策を実行した世界を描いた衝撃作が、本作「廃用身」です。

本作は小説なのですが、前半の主人公の医師の手記と、後半の編集者による注釈という構成になっており、まるでノンフィクションを読んでいるような効果をもたらし、ぐいぐいとその世界観に引き込まれていきます。


廃用身
目次

なぜ廃用身を切るのか

本作の主人公である30代の医師・漆原糾は、自らが院長を務める異人坂クリニックにおいて、老人デイケアに尽力しています。

デイケアの現場において、介護疲れによって介護者の家族による高齢者の虐待が起こっているという現実を、漆原は目の当たりにします。

先の見えない介護生活は、介護する側のQOL(Quality of life=生活の質)を大きく低下させていたのです。

漆原はその解決策として、廃用身の切断を行うことを考案します。

廃用身とは、脳梗塞などによる麻痺で回復の見込みがない手足のことを指す医学用語です。

廃用身となった手足は機能を失っているにも関わらず、体重の中でも大きな部分を占めており、着替えの際に邪魔になったり、褥瘡(じょくそう、床ずれのこと)の原因となったりします。

廃用身となった手足をそのままにしておくことは、介護者にとっても、腰痛の原因となる等、大きな身体的負担になり、介護のストレスから高齢者の虐待を引き起こすこともあるのです。

そこで、廃用身となった手足を切断すれば、高齢者の体重の減少や、褥瘡の防止につながり、介護者の身体的負担を軽減し、その結果、高齢者の虐待も食い止められると、漆原は考えたのです。

さらに、不要な手足が無くなることで、脳への血流が増加し、脳機能や運動機能の向上も期待できるようになったのです。

漆原は、このように廃用身となった手足の切断手術をA(Amputatio=切断)ケアと称し、廃用身を持つデイケアの高齢者に手術を施していきます。

読みどころ

グロテスクな描写

本作では、リアルな描写が特徴となっています。

特に、手足の切断の描写がとってもリアルでグロテスクなんです。

メスで皮膚・筋肉を切り、電気ノコギリで骨を切断し、切断面の皮膚を接合するというプロセスを、著者が現役の医師であるだけにリアルに描写しており、読んでいても痛みが伝わってきます。

手足が切断される様子を手記という体裁で客観的に淡々と描写しているから、余計にそれが伝わってきます。

その他にも、認知症となった高齢者の数々の問題行動や、介護疲れした家族による高齢者への虐待などが、生々しく描かれています。

介護される側の葛藤

勿論、ただグロテスクなだけではありません。

物語の後半では、Aケアを行った漆原や、Aケアを受けた高齢者のその後が描かれていきます。

その中で、漆原は単なる職業的良心でAケアを行ったのではないこと、けっして「いい人」なだけではないことなど、漆原のキャラクターの多面性が見えてきます。

さらに、以下のような漆原のセリフが象徴するように、介護を受ける側の心理的な葛藤も描いています。

「年寄りは自分が元気になりたくて『Aケア』を受けるんじゃありません。家族や介護者に迷惑をかけたくない、その一心で切るんです。そんな老人の哀しみは、当人でないとぜったいにわからない・・・」

廃用身 久坂部羊

これらの重層的な構造が、物語により深みを与えてくれるんです。

まとめ

本作では、介護する側のストレスや、介護される側の心理的葛藤をじっくりと描いています。

2003年の作品ですが、取り扱っている高齢者介護というテーマは、現在では更に深刻化していると思います。

当然、高齢者の手足を切断するなどといったことは出来ませんが、もっと家族の負担を軽減し、QOLを向上させていく方法を探っていくべきではないでしょうか。

来るべき高齢化社会に備え、若い世代も本書を読んでおくべきでしょう。

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