企業や役所などで起こる、パワハラや職場いじめ、数々の不祥事など、それらはなぜ無くならないのでしょうか?
それは、ごく一部の狂人と、それに追随する多数の「普通の人」がいるからでしょう。
狂人の権威に「普通の人」が服従することで、道徳を無視した行為がさらにエスカレートしていくのです。
ユダヤ人大量虐殺の実務責任者であったアドルフ・オットー・アイヒマン中佐の人物像は、ごく「普通の人」でした。
その「普通の人」がナチスという権威に服従したために、大規模な犯罪行為を引き起こしていったのです。
そこで今回の記事では、そうした心理状態を理解するヒントが掴める、「普通の人」の暴走を描いた映画3選を紹介していきます。
- 「ちいさな独裁者」
- 「博士の異常な愛情」
- 「ハンナ・アーレント」
ミルグラム実験とエージェント状態
映画を紹介する前提として、心理学者のスタンレー・ミルグラムが行った「ミルグラム実験」について解説します。
ミルグラム実験とは
この実験は、生徒役(実際はサクラ)が問題の解答を間違えた場合に、教師役が罰として生徒役の身体に電気ショックを与えるというものです。
この実験では、生徒役が解答を間違えるごとに、電圧は一段階上がっていくようになっています。
実験の結果、生徒役の苦しむ声(実際はテープに録音した音声)が聞こえているにも関わらず、教師役の60%超が最大電圧の450Vまで電圧を引き上げました。
その原因として、教師役が、灰色の実験上着を着た技師風の人物から「この実験には科学的な意義がある」という事前説明を受けていたことに加え、生徒役の苦しむ声が聞こえてきても、技師風の人物から実験を続けるように促されたことが挙げられます。
権威がある(と信じている)人物から指示されると、「普通の人」でも他人を苦しめる行為を自発的に行ってしまうのです。
エージェント状態という思考停止
この状態のことを、ミルグラムは「エージェント(代理人)状態」と表現しています。
エージェント状態とは「自分は権威のある人の代理人をしているだけだ」という、思考停止に陥る状態です。
エージェント状態には、以下の3つの性質があります。
①チューニング
権威のある人の声が大きく聞こえ、そうでない人の声は小さく聞こえます。
教師役は技師風の人物の指示に従うことが第一となり、生徒役の苦しみの声も考えなくなるようになるのです。
②状況定義の受け入れ
状況定義とは、要するに物の見方のことです。
そして人は、権威者が与えてくれた状況定義(物の見方)を受け入れる傾向があるのです。
生徒役を電気ショックで苦しめるのは残虐な行為ですが、「このことには科学的な意義がある」という定義(見方)をすれば、こうした残虐行為も自発的に行えるのです。
③責任の喪失
権威者の命令を実行することへの責任感は強くなりますが、命じられた行動の中身については責任感を感じなくなります。
生徒役に電気ショックを与えることの是非よりも、技師風の人物に積極的に協力して実験を有意義なものにしようという責任感の方が強くなるのです。
このようにして、エージェント状態に陥った人は人を苦しめる行為でも自発的に行ってしまうのです。
「普通の人」の暴走を描いた映画 3選
それでは、エージェント状態に陥らない心構えを養うために、「普通の人」の暴走を描いた映画3選を紹介していきます。
「ちいさな独裁者」
本作は、将校の軍服という「権威」を手に入れた上等兵と、それを取り巻く「普通の人」たちが、残虐な殺戮者に変貌していく模様を描いた、実話に基づく作品です。
1945年3月、ドイツ=オランダ国境近くの戦闘で脱走したヴィリー・へロルト上等兵は、軍用車の残骸の中から空軍大尉の軍服を発見します。
その軍服を着たへロルトはすっかり大尉になりきって、放浪の道中で出会った多数の敗残兵を指揮下に収めていきます。
その後、ドイツ軍の脱走兵収容所にたどり着いたへロルトは、「自分は総統の命令を受けている」と嘘をつき、野戦裁判所を設置して囚人たちの処刑を決定します。
へロルトの部下や収容所の兵士も思考停止状態に陥り、高射機関砲で射殺したり、わざと逃がして射撃の的にしたりと、様々なやり方で囚人たちを殺害していきます。
組織の人間としてへロルトの命令を忠実に実行するということが最優先され、個人としての道徳は考慮されなかったのです。
ごく一部の狂人と、その権威に従う「普通の人」たちがいたことで、残虐な殺戮集団が生まれたのです。
本作は、そのような「普通の人」たちの暴走をじっくりと描いています。
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「博士の異常な愛情」
本作は、キューバ危機によって極限の緊張状態に達した米ソ冷戦を皮肉ったブラックコメディです。
一部の狂人と、それにつき従う大多数の「普通の人」が大惨事を引き起こす様を、ブラックユーモアたっぷりに描いています。
本作に登場するアメリカの空軍司令官・リッパー准将は、ある日突然発狂し、戦略爆撃機B52の部隊にソ連の基地への核ミサイル攻撃を命令します。
B52の搭乗員は正常な「普通の人」なのですが、司令官という権威からの命令を忠実に遂行するため、核ミサイル攻撃に向けて進撃するというエージェント状態に陥っていきます。
ミルグラムは、この状態に陥る原因を「手続きへの没頭」と表現しています。
B52の搭乗員は、攻撃目標の見定めやソ連軍の対空ミサイルの回避、損傷を受けた機体の修理など、任務遂行に必要な自分たちの「手続き」に没頭していきます。
このように、目の前のミッションをこなすことが最優先になった結果、核ミサイルを発射したらどうなるかという道徳的配慮が失われていくのです。
「普通の人」を暴走させないために、リッパー准将のような人物が会社の上司にならないことを祈るばかりです。
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「ハンナ・アーレント」
ユダヤ人大量虐殺の実務責任者、アドルフ・オットー・アイヒマンの裁判を傍聴したユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントは、次の言葉を記しました。
「悪とは、システムを無批判に受け入れることである。」
(エルサレムのアイヒマン~悪の陳腐さについての報告 ハンナ・アーレント)
社畜サラリーマンなら、思わずドキッとしてしまう言葉ですね。
アイヒマンの裁判を通じてアーレントが喝破したのは、次の事実でした。
「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。」
(エルサレムのアイヒマン~悪の陳腐さについての報告 ハンナ・アーレント)
まさにこれが、企業や役所で、パワハラや職場いじめ、不祥事が無くならない一つの原因でしょう。
いくら狂人といえ、一人でできることには限りがあります。
何も考えていない「普通の人」が、狂人の作り出したシステムに盲従することで、大きな不幸をもたらすのです。
本作は、こうした現代にも通じるアーレントの思考を重厚なドラマとして描いた作品となっています。
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まとめ:「考える」ことが人間を強くする
「ハンナ・アーレント」の終盤では、アーレントが8分以上にわたり演説をするシーンがあります。
そこでアーレントは「人間の大切な質とは「考える」ことであり、そのことが人間を強くする」と伝えています。
これこそが、全ての組織人が真摯に受け止めるべきメッセージでしょう。
そうすればエージェント状態に陥ることもなく、パワハラやいじめ、不祥事など、職場で起きる様々な問題に歯止めがかかるのではないでしょうか。