「巨大戦艦を建造すれば、その力を過信した日本は、必ず戦争を始める。」
欧米列強との対立を深め、軍拡路線を歩み始めた1933年の日本。
日本海軍は世界最大の戦艦「大和」を建造する計画を進めており、それは抗うことのできない空気となっていました。
そうした戦争へと突き進む空気に対して、数学の力で戦いを挑んだ若者の姿を描いたのが、映画「アルキメデスの大戦」です。
そしてこの作品を見ることで、空気に抗うための方法も見えてきます。
この記事では、そのことを考察していきたいと思います。
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作品情報
予告動画
スタッフ・キャスト
- 監督:山崎貴
- 原作:三田紀房
- 脚本:山崎貴
- 製作:市川南
- 撮影:柴崎幸三
- VFX:山崎貴
- 編集:宮島竜治
- 音楽:佐藤直紀
- キャスト:菅田将暉(櫂直)、舘ひろし(山本五十六)、柄本佑(田中正二郎)、浜辺美波(尾崎鏡子)、笑福亭鶴瓶(大里清)、小林克也(大角岑生)、橋爪功(島田繫太郎)
大和特攻は「空気」が決定した
凄惨な大和の戦い
本作は、1945年4月の戦艦大和の沖縄特攻のシーンから始まります。
強力な46センチ主砲と重装甲を持つ大和も、米空母から襲来した航空機の前にはなすすべもありません。
猛烈な機銃掃射を浴びて甲板は血に染まり、多数の爆弾・魚雷を受けて最後には沈没してしまいます。
この戦いは、米軍パイロットの戦死者14名に対し、日本側の戦死者数は大和の2,740名を含む3,721名となっており、あまりにも一方的な戦いです。
味方の航空機の護衛をつけない丸裸の状態の大和艦隊は、敵の航空機の格好の餌食だったのです。
当然、こうなることは大和の特攻作戦を決定した海軍上層部のエリート軍人にも分かっていたことです。
それではなぜ、エリート軍人はこの作戦を決定したのでしょうか。
「空気」とは何か
評論家の山本七平さんは、大和の特攻は「空気」によって決定されたと指摘しています。
「空気」とは、山本さんによれば次のようなものです。
(空気は)非常に強固でほぼ絶対的な支配力を持つ「判断の基準」であり、それに抵抗するものを異端として、「抗空気罪」で社会的に葬るほどの力をもつ
(山本七平 空気の研究)
空気とは、「この考え方が絶対に正しい」といったような強力なルールであり、そのルールに従わせる圧力を生み出し、人々を縛り付けるのです。
つまり、同調圧力と言ってもいいでしょう。
作戦決行の理由を聞かれて、軍令部次長の小沢治三郎中将はこう答えたといいます。
「全般の空気よりして、当時も今日も(大和の)特攻出撃は当然と思う」
(山本七平 空気の研究)
作戦成功の確率などといった客観的なデータは、もはやどうでもよかったのです。
作戦決行の正当性の根拠は、その時の「空気」だったのです。
どれだけ議論したところで、最後は「空気」で決められてしまうということなんです。
なぜ大和は特攻したのか
なぜこのような空気が醸成されたのでしょうか。
それは、海軍の上層部が自分たちへの非難を避けるためです。
敗戦まで最強の戦艦である大和を温存していたとなれば、海軍の上層部が非難を受けます。
そのことを回避するために、「大和は沖縄に特攻するしかない」という空気ができあがったのです。
そして、大和を特攻に導いたのが空気なら、大和を生み出し、戦争へと走らせたのもまた、空気だったのです。
大艦巨砲主義という「空気」
成功体験が「空気」を生む
戦艦大和の沖縄特攻のシーンの後、本作の舞台は12年前、1933年の日本に戻ります。
そこでは、航空母艦から発艦する航空機を感慨深く見守る山本五十六少将(舘ひろし)の姿が描かれています。
山本少将は航空主兵論者であり、これからの戦いは戦艦ではなく、航空機が主役になることを予見していたのでしょう。
ところが、当時の日本海軍は、大艦巨砲主義が主流でした。
大艦巨砲主義とは、強力な主砲を搭載し、分厚い装甲を持つ戦艦こそが戦場において勝利をもたらすと考え、その戦艦を中心にした艦隊を指向するという戦略思想です。
要は、「戦艦こそ最強!」という考え方です。
日本海軍には、日露戦争の日本海海戦で、強力な戦艦を主力とした連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に勝利したという成功体験がありました。
そのため、日本海軍には大艦巨砲主義という強力な空気が出来上がっていました。
強力な空気が出来上がっていると、話し合いや会議の場を持ったところで、それは単なるお飾りとなります。
初めから結論ありきで、多数派に都合のいい方向へと議論が進んでいくのです。
一般企業でも、成功体験に縛られ問題解決の手段が限定的になるということはよくあります。
東京商工リサーチによると、2022年に倒産した企業の平均寿命は23.3年です。
ほとんどの企業が、100年も経たないうちに潰れてしまうのです。
いったん成功すると、その成功パターンにこだわり続けて、環境の変化に乗り遅れるというのが大きな原因なのです。
結論ありきの議論
本作では、新造艦艇の検討会議の場において、島田繁太郎少将(橋爪功)をはじめとする勢力が「巨大戦艦を建造するべきだ」と主張します。
劇中で島田少将はこう言っています。
「優雅にして端麗な巨大戦艦、それが連合艦隊が今望んでいる艦なのです。」
「海戦とはすなわち砲撃戦だということは子供でも分かっている。それが、日露戦争以来、我が帝国海軍の伝統だ!」
(アルキメデスの大戦)
このように、建造推進派の主張は、詳細なデータではなく、伝統や精神論に基づくものです。
検討会議とは言うものの、最初から結論ありきで、既に「巨大戦艦を建造すべき」という空気が出来上がっています。
挙句の果てに、山本少将が、これからの戦いは航空機が主力になるという意見を述べたことに対して、
島田少将は「海軍にいながら、戦艦を侮辱するのか。恥を知れ、恥を!」と激高します。
本来、会議とは賛成意見と反対意見をよく吟味するために行うものですが、この会議はそうではなくなっています。
いったん空気が醸成されると、反対意見を言うこと自体が許されなくなるのです。
まさに空気とは、「抵抗するものを異端として、『抗空気罪』で社会的に葬るほどの力をもつ」ものなのです。(山本七平 空気の研究)
本作で描かれた検討会議は、空気の支配する場で行われる議論の典型例だったのです。
「空気」に抗う方法とは
結局、この検討会議では話が進まず、結論は次回に持ち越されることになります。
山本少将は、巨大戦艦を建造しても、戦艦は航空機には勝てないのだから、その建造に投入する資源が無駄だと考えていました。
また、巨大戦艦を持ったことで、日本が自らの力を過信し、戦争へと歩み始める空気が醸成されることを危惧していました。
そこで山本少将が目を付けたのは、100年に一人の天才と言われる、帝国大学中退の数学者・櫂直(かい ただし)(菅田将暉)でした。
山本少将は、櫂の力を借りて、巨大戦艦の建造推進派の提出した見積の金額を検証し、その不備を指摘することで巨大戦艦の建造を中止に追い込もうとしていたのです。
そしてここに、空気に抗うための方法が読み解けるのです。
それは、山本七平さんが「空気の研究」で指摘した、「思考の自由」と「空気の相対化」です。
「思考の自由」
山本七平さんは、思考の自由についてこう語っています。
あらゆる拘束を自らの意志で断ち切った「思考の自由」と、それに基づく模索だけである。
ーまず、空気から脱却し、通常性的規範から脱し、「自由」になること
(山本七平 空気の研究)
空気やしがらみ、世間一般のルールにとらわれていると、思考の自由が奪われてしまいます。
山本五十六少将が目を付けた櫂は、海軍という権力に迎合せず、自分の大好きな数学の道を追い求める人間です。
常に巻き尺を持ち歩き、美しいものを見ると測りたくなる衝動を持っています。
軍人の目から見たらかなりの異端者なのですが、だからこそ、山本少将は櫂の力を使おうとしたのでしょう。
櫂ならば、軍人の常識にとらわれない、斬新な発想ができると期待をしていたのです。
そして櫂は、その期待に応え自らの発想力を最大限に生かし、巨大戦艦の建造推進派が作成した見積の不備を、徹底的に洗い出していきます。
企業でも、自社にはない斬新な発想を求めて中途採用が行われますし、学校でも、帰国子女が転校してきたことでクラスの雰囲気が変わることもあります。
あえて異質な人材を受け入れることで、自由な発想が生まれ、組織の空気が変わることもあるのです。
「空気の相対化」
さらに、山本七平さんは空気は相対化せよと言っています。
まず最初に空気を対立概念で把握する“空気の相対化”が要請されるはずである。
(山本七平 空気の研究)
相対的とは、物事が、他との関係や比較など、その時々の周りの環境によって成り立つことを意味しています。
一方、絶対的とは、物事が、他のものから制限を受けず、それ単体で成り立っていることを意味しています。
山本さんは、空気を絶対的なものではなく、相対的なものとして見るべきだと言っているんですね。
例えば、「戦艦こそ最強!」という大艦巨砲主義の考え方も絶対的なものではないはずです。
戦艦が最強なのは、「主砲の弾が確実に敵艦に命中する」「空から攻撃されない」という前提があるからです。
その前提が成り立たなければ、最強とは言えなくなります。
一つ一つ前提条件を検証していけば、「戦艦こそ最強」という空気も相対化することが出来るのです。
本作でも、山本少将が航空機の優位性について繰り返し述べています。
また、島田少将が戦艦の強さを語るシーンでは、櫂が、戦艦の主砲の命中率の極端な低さを指摘し、「戦艦同士の戦いとは、随分と非効率なものなのですね。」と煽って島田少将を怒らせたりもしています。
こうやって前提条件を疑っていくことで、絶対的な空気も相対化できるのです。
まとめ
本作では、組織を非合理的な決定へと向かわせる「空気」が生まれる様子と、それに立ち向かう方法を描いています。
本作を見ることで、空気に抗うためのヒントが掴めるのです。
「会社の方針」という絶対的な空気が出来上がっていても、前提条件やその他の選択肢を詳細に検証することで、新しい発想が浮かび上がってきます。
会社や学校など、空気の中での閉塞感を感じている方は、本作を見てみることをオススメします。
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